上の中の左側には、泣いている女エバがおり、右側には男アダムがうなだれて考え込んでいます。二人を隔てている木は熟れた実をつけ、そこに誘惑のへびがかくれています。
聖書には次のようにその場面が描かれています。”園の中にある木の実を自由に食べてもよいが、園のまんなかにある木の実についてだけ、「死なないためには、これを食べても、ふれてもいけない」と神は言われました。
しかし、へびは女に言った。「ちがう、あなたたちは死なない。それどころか、あなたたちがそれを食べたら、その目が開かれて、神のようになり、善と悪とを知るようになると、神は知っているのだ。」”(創世記3・3〜5)
このように、善悪の知識の木の実を食べたなら、きっと死ぬであろうと神が言われたにもかかわらず、アダムとエバは誘惑に負け、禁断の木の実を食べてしまったのです。そのため、彼らの心は、神から離れ、闇の中を歩むことになったのです。
「創世記」でよく知られているこの話は、分裂の原因となる人間の欲望を表わしており、それは神との分裂、心の分裂、隣人と自然との分裂を描いているのです。しかし、慈悲深い神は、のちに救い主を送り、私たちに救いの手をさしのべて下さることを約束して下さいました。
絵に描かれているマリア、幼子イエズス、そして、十字架上のイエズスはマリアを通して、神の御子イエズスをこの世に送ることを約束しました。そして、十字架上でのイエズスの死をもって、私たちを救って下さることを意味しているのです。