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救いのみわざ(愛の慈悲)

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(9) 救い主の母マリア

 


 

 パレスチナの北、ガリラヤ村のナザレの家にいたマリアの所に、神からつかわされた天使が現れました。

 “天使はマリアに言った。「あなたは身ごもって子を生むでしょう。その子をイエズスと名づけなさい。・・・・・・」そこでマリアが「私は男を知らないのですが、どうしてそんなことになるのですか」と聞くと、天使は「聖霊があなたに下るので、生まれる子は神のこと呼ばれる。神にはおできになれないことはありません。」と答えた。そこでマリアは「私は主のはしためです。あなたのおことばの通りになりますように」と答えた。”(ルカ1・26〜38)そして天使は去り、マリアは救い主イエズスの母となりましたが、これによって神の人間への救いの可能性が与えられたのです。

 マリアは日常生活の中で、天使を通じて神のお告げを受け入れました。これは私たちが人生のいかなる状況においても、いつでもどこでも、神は私たちに語りかけておられることを意味しているのです。

 

(10) 神の子は人間になられた


 天と地とは造られた神は、御子をこの世に送られ、御子は謙遜で素朴な両親のもとで貧しい人として誕生しました。

 “マリアは産期満ちて初子を生んだので布につつんでんまぐさおけに子を横たえた。旅館にへやがなかったからである。”(ルカ2・7)

 “主の天使が羊飼いたちに現れて彼らに言った。大きな喜びの知らせをあなたたちに告げよう。・・・・・・救い主がお生まれになった。すなわちキリストである” (ルカ2・8〜15)

 登場人物はいずれも中央の幼子に向かってけいけんで素朴な姿で礼拝しています。それは、彼らが心の目でこのかよわい幼な子のうちに神を見ているからです。

 マタイによる福音書には、すばらしい星に導かれて、東の国の博士たちがイエズスを拝みに来たようすが描かれています。“イエズスがヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムにお生まれになったとき、東方の博士たちがエルサレムに来て、「お生まれになったユダヤ人の王はどこにおられますか。わたしたちは、そのしるしの星が上がるのを見て、拝みに来ました」と言った。”(マタイ2・1〜2)

 博士たちが星に導かれて、生まれたばかりの救い主イエズスのみもとにたどり着くことができたように、私たちも良心の声に導かれて、神のみもとに近づくことができるのです。

 二世紀の有名な聖人、アタナシウスは、ある年のクリスマスの時、人々に次のように話しました。

 “人間が神の子となるために、神は人となられた”

カロン神父へ

004年6

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