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その日、百合ヶ丘駅の改札を出ると、『百合山家』の案内板が立っていました。それを見た途端、ゆりこさんはもう百合山さんにはお会いできないのだと思い悲しくなりました。
教会に近づくにつれ、何もわからないまま葬儀に行く事が不安になってきたところ、ちょうど前方に小田さんの姿が見えました。
ゆりこ
小田さん、こんにちは。
小田
あら、ゆりこさん こんにちは。 あなたも葬儀ミサに?
ゆりこ
ええ…、小田さん、実は私葬儀に参列するのは初めてなんです。
何もわからないけど、とにかく、百合山さんにお別れがしたくて来たんです。お顔を合わせれば挨拶をするぐらいで、それほど親しくもないのですが、それでも参列していいのでしょうか?
小田
ええ、もちろん。 きっと百合山さんはよろこんでくださるわよ。
ゆりこ
いきなりなんですが、お香典の上書きは、「お花料」でいいんですよね? なんか…何もかも不安になってきて…。私のようなお付き合いの場合どのぐらいお包みするのか…。教会の中で基準のようなものはあるんでしょうか?
小田
そんなに心配しなくても大丈夫よ。 私も百合山さんのことをよくは知らないけれど、ご冥福をお祈りするために来たの。 だからお香典は用意してきてないのよ。
ゆりこ
そうなんですか…。
小田
私は教会で葬儀がある時はできるだけ参列して、その方のためにみんなと一緒にお祈りしたいと思っているの。 だから私はお香典のことはあまり気にかけていないのよ。
ゆりこ
その方のために祈ることが大切なんですね! 受付とか記帳とかは素通りするんですか?
小田
受付では記帳をしてね。「百合ヶ丘教会 麻生ゆりこ」と書けば大丈夫よ。
ゆりこ
わかりました。
ゆりこさんは緊張しながら「百合ヶ丘教会 麻生ゆりこ」と受付で書きました。そして、『葬儀ミサ・告別式次第』と『葬儀のしおり』を受取り、聖堂に入り席に着きました。
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『葬儀ミサ・告別式次第』には、「葬儀のキリスト教的意義」と次のように書いてあります。
葬儀ミサ
教会は葬儀において、何よりも復活信仰を表明し、キリストによって死者を神のみ手にゆだねます。キリスト者は洗礼によってキリストの死と復活の神秘にあずかり、神の子供として生まれかわって、新しい生命を歩むものです。キリスト者にとって死はこの世から永遠の生命へ移ること(過越し)です。したがって教会は、キリスト者の葬儀においても、信頼をこめてキリストの過越しの祭儀(ミサ)を行い、故人が死を通って永遠の命に移るように祈り、そして遺族の方々の慰めと、力が与えられますようひたすらこい求めるものです。
告別式
葬儀ミサに続いて、告別式が行われます。告別式はキリスト者の共同体が故人に別れをつげ、故人を神のみ手にゆだねる儀式です。教会は復活の信仰、即ち永遠の命に希望をおきます。 |
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