ゆりこさんの教会レポート

その2 葬儀ミサ (2)

葬儀ミサ

葬儀ミサが始まりました。カトリック教会の葬儀は、ミサによって行われることが大きな特徴です。

デュポン神父 (司祭説教より)

今日は皆さんなぜこの教会においでになったでしょうか。
きっと帰天された百合山さんと、または残されている遺族の方々との
つながりを持っておられますから、ここにこられたのでしょう。
このつながりは皆さんの心の中に今でも生きているものですから、
これからもこのつながりを大事にしましょう。

ミサに続いて、告別式が行われました。

一同

(聖歌)♪また会う日まで、また会う日まで…

デュポン神父 (告別の祈り)

祈りましょう。
いつくしみ深い神である父よ、
あなたが遣わされたひとり子キリストを信じ、
永遠のいのちの希望のうちに人生の旅路を終えたアンナ百合山ハナさんをあなたの手にゆだねます。
わたしたちから離れてゆくこの姉妹の重荷をすべて取り去り、
天に備えられた住みかに導き、聖人の集いに加えてください。
別離の悲しみのうちにあるわたしたちも、
主・キリストが約束された復活の希望に支えられ、
あなたのもとに召された姉妹とともに、
永遠の喜びを分かち合うことができますように。
 わたしたちの主イエス・キリストによって。

一同

アーメン。

この「告別の祈り」の後、「弔辞、弔電」「献花」「遺族代表のあいさつ」「出棺」とつづきました。

ゆりこ

死は悲しいことだけでなく、『復活と永遠のいのちへ移り行くできごと』と「葬儀のしおり」には書いてありました。葬儀ミサは、死者の冥福を祈るだけでなく、神の永遠のいのちに入る喜びをも表しているのだなと思いました。

そして、生きている人と亡くなった人とのつながりを強く感じた今、ゆりこさんの心の中には、寂しさよりも生前と同じようにほほえみかけている百合山さんの柔らかな笑顔がありました。

死‥すべての終わり、真っ暗な行き止まり‥というゆりこさんのイメージは、死を通り越した先にある希望に変わっていました。

■□ 百合ヶ丘教会の教会報には、以前葬儀に関してこんな提案がされました。ご紹介します。 □■

葬儀ミサへの参加に関して昨今議論されています。これは特に男性より女性のほうに関係するような気がします。
「何のために葬儀ミサに参加しますか。」これが一番大切なことです。日本人的な考え方によりお香典、お返し等のことも、自分自身が何を大切にして教会の葬儀に与るかを考えたら解決できるような気がします。

香典やお返しの考えから開放されよう。香典を持って行くかどうかは、故人との関係によって、自分自身で決める。持たずに参加しても、何も気にしないように、自分の意識を変えていく。同じ教会の一員として、共同体の一員として、お互いに祈りあうことを第一に考えて、葬儀に参加する。記帳の時は、氏名と百合ヶ丘教会としたらどうでしょうか。

諸聖人の通功(聖徒の交わり)  天国にいる者も、地上にいる者も、互いに祈りあい、支えあっているのです。知っている人、知らない人、お互いに祈り合う。これは日常生活と信仰が結びついている。世の終わりにお互いに神の御前で再会する時のことを、この世的な想像で考えてもおもしろい。「やあ、あなたは私が死んだ時、祈ってくれた方ですなぁ。」「まあ、そうでしたか。あなただったのですか。これはどうも、どうも…」なんて。


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