待降節 

12月はイエス・キリストの誕生を祝う降誕祭に向かって進んでいきます。
この時期、カトリックの信者は、幼子イエスをひとりひとりの心の中に迎える準備をします。

教会のカレンダーでは待降節の第一主日から一年が始まります。
2010年は11月28日(日)から待降節(アドベント)
にはいり、教会では聖堂に飾られたアドベント・リースの
4本のろうそくに、日曜日ごとにひとつづつ火を灯していきます。
また、待降節にはいると、イエスさまが馬小屋でお生まれになったことを記念して、
小さな馬小屋が聖堂に飾られます。
馬小屋のなか、マリアとヨセフの前の幼子イエスの場所は空いています。
降誕前夜祭(クリスマス・イブ)のミサの際に、ミサを司式する司祭によって
幼子イエスをかたどった人形が馬小屋に置かれるのです。

イエスさまがお生まれになった馬小屋を飾る習慣は、
アッシジのフランチェスコによって始められた習慣です。
アッシジのフランチェスコの「はじめての馬小屋」のエピソードを紹介します。

これは今から777年前、イタリアの小さな山村グレッチョ村(ローマとアッシジの間にある山村)で、アッシジの聖フランチェスコが始めました。聖ダミアノ教会の十字架像のもとで、十字架につけられたキリストから「フランチェスコよ、行ってわが家を建て直しなさい」という言葉を聞いた時から、「フランチェスコの心は、いつもイエスのことでいっぱいだったのです。彼は心にイエスを、口にも耳にも、目にも手にも、からだの他のすべての部分にもイエスをになっていた」とチェラノのトマスが言っています。

1223年の12月の初め、今年のクリスマスをどのように迎えようか、また山村に住む人々が、神にどれほど愛されているかを知らせるには、どうしたらよいだろうかとフランチェスコは考えていました。1200年以上前に、ユダヤのベツレヘムという町で、人間の泊まる宿屋ではなく、牛やロバを夜につないでおく洞窟で、イエスさまはお生まれになったのです。この「貧しさ」の中でこの世に来れれたキリストを、フランチェスコは再現したいと考えました。

そこで、フランチェスコはこのグレッチョ村の村長のヨハネ・ベリタに、人間の赤ちゃんと同じくらいの大きさの人形を木で作るようにと頼みました。「そうすれば、私たちは1200年以上も前、飼い葉桶に寝かされたみどり子、イエスさまのご降誕の様子を肉眼で見ることが出来るのです。私たちはロバや牛たちに囲まれてすやすや眠るベツレヘムの赤ん坊を見るのです。

イエスさまの誕生の時、天使達からこの世で最初にその喜びのニュースを伝えられた羊飼いたちの喜びを少しでも感じ取ることが出来るように、フランシスコはクリスマスを洞窟で迎えたいと思ったのです。グレッチョの洞窟は、まさにクリスマスを迎えるにもっともふさわしい場所でした。

「その地方で羊飼いたちが野宿しながら、夜通し羊の群れの番をしていた。
すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。
天使は言った。“恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。
今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。
この方こそ主メシアである。あなたがたは、布に包って飼い葉桶の中に寝ている
乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」
  
(ルカ2章8-12)

クリスマス・イヴ。夜10時、教会の前にみなが集まりました。男の人たちは手に手にたいまつを持って、約1時間の道程の洞窟へ歩き始めました。おりしも先ほどまで降っていた雪が止み始め、フランシスコの望み通りに美しい満月や星が現われ、たいまつの光も加わって、それは美しいクリスマス・イヴとなりました。行列の人々すべてが、たいまつやミサためのパンやぶどう酒、典礼書、十字架を持って、グレッチョで行われる “最初のクリスマス”に参加するのです。

行列が洞窟の前に到着すると、フランチェスコは、枯れ草でいっぱいになった飼い葉桶にイエスさまの人形を横たえました。その上に祭壇が作られました。その祭壇に、その洞窟の近くに住む百姓たちが連れてきた牛や馬、神父さんが乗ってきたロバが繋がれました。

その夜のミサで、フランチェスコが彼の生涯で最初で最後の助祭の役割を果たしたとブラザー・チラノが記録しています。フランチェスコが福音書を朗読しました。

「そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録せよとの勅令が出た。
これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。
人々はみな、登録するために各々自分の町へ旅立った。ヨゼフもダビデの家に属し、
その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町
へ上って行った。身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである。
ところが、
彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、はじめての子を産み、
布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。
宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。」

 (ルカ2章1〜7)

フランチェスコの説教が始まり、彼が「小さな町、ベツレヘム…」という時、その声はベ−ツ−レ−ヘ−ム−とあたかも羊が鳴くような調べで夜空にこだまし、そこにいる人々を千年以上も前の最初のクリスマスに引き戻し、みな言葉では言い表すことの出来ないほどの喜びを味わいました。その夜、共に祝った人々は、本当にベツレヘムにいるように感じ、神の愛、クリスマスの意味を知ったのです。

それから3年後フランチェスコは亡くなりましたが、グレッチョ村のクリスマスの伝説は世界中に広まり、それ以後、クリスマスになると全世界の教会や家で馬小屋が飾られるようになりました。

     

神はその御ひとり子をお与えになるほど 世を愛された
(ヨハネ3章16)

参考:新共同訳聖書(日本聖書協会発行) クリスマス (心のともしび・YBU本部)アシジの聖フランシスコ小品集(聖母の騎士社)

 


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