天と地をつなぐミサ

―主任司祭メッセージ 10/4―


 イエズスさまはその公生活の初めに言われます。

そのときから、イエスは、
「悔い改めよ。天の国は近づいた」
と言って宣べ伝え始められた。
(マタイ4・17)

 これはわたしたちが福音と呼ぶ、救いの「良い知らせ」です。神の国が近づいたので、
それを受け入れるために回心しなければなりません。そうすれば救いを得ることになるでしょう。
イエズスさまが、天(神)と地を和解して下さったからです。こうしてイエズスさまを信じる人々の内に
天と地が宿るようになったのですが、これこそクリスマスの心でもあります。
 あのご降誕の夜、天使たちが現れて、クリスマスの神秘を表す言葉を歌います。

「いと高きところには栄光、神にあれ、
地には平和、御心に敵う人にあれ。」
(ルカ2・13〜14)

 この天使たちの歌は、ミサの栄光の讃歌では次のようになります。


天のいと高きところには神に栄光、
      地には善意の人に平和あれ
    と。

 しかし人間の心に罪が入ったときから、心に宿っているはずの天は地と分かれて、
この世に「死」が現れました。このあわれな様子はイザヤ書に次のように書かれています。

天が地を高く超えているように わたしの道は、あなたたちの道を
わたしの思いは あなたたちの思いを、高く超えている。
(イザヤ55・9)

 なお、天と地をつなぐ神さまの救い、その愛の業にわたしたちが加えられるためにミサが
与えられています。 このミサにこそ、「将来の栄光の保証」がわたしたちに与えられる、
とある通りです。
(参照 Oh Sacrum Convivium)

 ことに、これを表しているのは、ミサの中のエウカリスチア(感謝の祭儀)の部分です。
 このミサの部分(第二部)は、また三つに分けられます。奉納・奉献・拝領です。

 この三つの段階を通して、わたしたちの死にまみれたはかないいのちは、死に勝たれた
イエズスさまと一つになることによって、キリストと共にその勝利に加えられるのです。
 この確信は、ミサを通していつも新たにされます。

 主イエズス・キリストの「死と復活」と一つになること、それは、わたしたちの内に
“天と地がつながっている”ことですね。
 これは、わたしたちの毎日が光(天)に満ちた喜ばしいものであることを教えてくれます。

 使徒パウロの言葉を借りれば、わたしたちは「天に属する者」となっているのです。

最初の人は土ででき、地に属する者であり、
第二の人は天に属する者です。
土からできた者たちはすべて、
土からできたその人に等しく、
天に属する者たちはすべて、
天に属するその人に等しいのです。…
わたしはあなたがたに神秘を告げます。…
わたしたちは皆、今とは異なる状態に変えられます。
(Iコリント15・47〜48、51a、51c)

 この神秘は、ミサの聖変化の神秘と深くつながっています。

 次回はこの点、奉納についてお話ししたいと思います。 ではまた来週!!




 


カトリック百合ヶ丘教会主任司祭 マリオ・ビアンキン

しばらくの間、ミサそのものをテーマにしてメッセージを続けていきます。


* 典礼用に、日本の司教団は「新共同訳」の聖書を使うように定めています。
ここに載せる聖書は、「新共同訳」の聖書です。

主任司祭メッセージのバックナンバーは更新記録へ